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懺悔と忍辱のお話

平成27年3月

誰 で も そ の な し た 悪 い 行 い が 善 い 行 い に よ っ て 覆 わ れ る 者 は  雲 か ら 離 れ た 月 の よ う に こ の 世 を 照 ら す

 これはアングリマーラという殺人鬼が改心して僧侶となったのち、真摯な修行の果てに遺されたお言葉です。(以下諸説ありますが・・・)
 まだお釈迦さまが生きておられた時代、アヒンサという容姿端麗で聡明な少年がいました。アヒンサは五百人の弟子を持つ高名な学者に師事しましたが、その能力は飛び抜けて高かったと云います。ある時、師匠が出かけている間に、師匠の奥さんがアヒンサに体の関係を迫りました。ですが誠実なアヒンサはこれを断ります。怒った奥さんは自分の衣服を破り、帰宅した師匠にアヒンサに乱暴されたと嘘をつきました。逆上した師匠はアヒンサに「これから百人の人を殺し、その親指を切り取って首飾りにせよ。それがお前の最後の修行だ」と命じます。アヒンサは思い悩んだ挙句、師匠の言葉通りに人を殺し始めました。気がふれて殺人鬼と化したアヒンサは次々と人を殺し、やがてアングリマーラ(指の首飾り)と呼ばれるようになりました。そして九十九人まで殺し、いよいよ百人目となったとき、村の要請を受けて駆け付けたお釈迦さまと出会うのです。
 アングリマーラはお釈迦さまを殺そうと、その背中を目がけて駆け寄ります。ですが不思議なことに、いくら走ってもお釈迦さまに近づくことができません。息も絶え絶えにアングリマーラは叫びました。「貴様!止まれ!」するとお釈迦さまは振り返り、静かにこう告げました。「私は最初から止まっています。走り続けているのはあなたの方ではありませんか?」と。その時、アングリマーラは電撃が走ったような衝撃を受けました。そう。人を殺しながらその過ちに気づかず、ひたすら迷いの道を走り続けていたのは自分だった。もとより誠実で真面目なアヒンサは、お釈迦さまの言葉にようやく目を覚ますことができたのでした。
 その後、アヒンサは自分の行いを悔い改め、お釈迦さまに弟子入りして僧侶となりました。しかしながら罪のない多くの人を殺めてきたアヒンサです。村人は許すはずがありません。村を歩き、托鉢に回るアヒンサに、村人たちは容赦なく石を投げつけました。血だらけになり、涙ながらに帰ってきたアヒンサにお釈迦さまは言います。「忍ぶのです。あなたは来世にも負うはずの罪を、今ここで懺悔して償っているのですから。」アヒンサはただひたすら耐え忍び、真摯に修行を続けました。長い年月の後、やがて村人たちはアヒンサを罵らなくなり、逆にアヒンサを頼るようになっていきます。多くの人々を救い助けるようになったアヒンサが、晩年に遺されたお言葉が冒頭の一節です。
 過去の過ちは取り消すことができません。ですが、自らの罪をそのままに懺悔し、罪の重荷を耐え忍び、ひたすら誠実に生きていく。その中で、やがて雲は晴れ、月のように人々を照らすことができる。アングリマーラ長老のお言葉は、そんな金言として、今に生きる私たちをも照らし続けてくれるのです。

修行は一生もの

平成27年7月

 五月三十日には第一回の坐禅会を開きました。坐禅にしても何にしても、特に禅宗の修行というのはまずしっかりと形、作法を覚えることが第一です。最初からあまりあれこれと理屈をこねると言葉にとらわれてしまうので、順を追って伝えるべきことを伝えていきたいと思います。
 さて、坐禅会の最後に私は「一回やって満足するのではなくずっと続けて下さい」と言いました。それはなぜでしょうか。仏教の開祖であるお釈迦さまは、悟りを開かれた後にも亡くなるまで修行を続けられました。坐禅をはじめ、数々の戒律を守った生活も、お釈迦さまに勝る弟子はいなかったと云います。また、福井県の永平寺を開かれた道元禅師(どうげんぜんじ)にしても、都を離れ、福井県の山奥にお寺を建立して生涯修行を続けられました。このように、過去の偉大な先達方さえ生涯の修行生活を守られています。
 皆さんは「修行」と聞くとどのようなイメージを持たれるでしょうか。「悟りに到達するためのもの」「何か特別な境地に辿り着くもの」。などと思われる方がほとんどではないでしょうか。しかしながらこのような考えでは、悟りを開き、特別な境地に辿り着けば、目的を達成したわけですからそこで修行は終わってしまいます。

この法は人々の分上にゆたかにそなわれりといえども いまだ修(しゅう)せざるにはあらわれず

 これは道元禅師の修行観をあらわしたお言葉です。「仏の智慧というものは人々の中に本来豊かに備わっているものではあるけれども、教えに従って修行(実践)しないところにはあらわれてこないのだ」という意味です。つまり修行とは、あくせくと精進して何かを手に入れるものではなく、すでに自身の中に備わっているものを、修行によって表にあらわしていくこと。例えば、自分はもう悟りに至ったからと言って傍若無人な生活をしていてはそれまでの修行は台無しですし、自分の心は荒れ放題で他人まで傷つけてしまうでしょう。そうではない。日々坐禅を組み、日常の行いをととのえ、教えに沿った生活があってこそ、そこに自身の安心があり、また人を安らかにしていく智慧があらわれてくるのです。
 お釈迦さまや道元禅師がなぜ生涯を修行に捧げられたのか。それは、悟りを開かれた方々だからこそ、日々の修行の大切さを誰よりも感じておられたのだと思います。
 日常の生活にそった細やかな教えを説くという点で、曹洞宗に勝る宗派はありません。坐禅、勤行、食事、掃除。またお手洗いの使い方や洗面、睡眠に至るまで、道元禅師は細やかにその作法や心がけを示されています。まずは坐禅ということで坐禅会を始めましたが、徐々にいろんな形でそれらの教えを伝えていけたらと思います。「一回やって満足するのではなくずっと続けて下さい」。繰り返しになりますが、修行とは金塊を掘り当てるための手段ではありません。日々日常の中で継続していく努力を怠らないで下さいね。

苦しみとは何か?

平成27年11月

 今回は「苦しみ」をテーマにしたお話です。何年か前に『禅の友』という曹洞宗の冊子に掲載させていただいた内容ですので、もしかしたらご存知の方がいらっしゃるかもしれませんが、大切なことなので『西來』の中でも書かせていただきます。
 さて、皆さんは「苦」という漢字を見るとどのようなことが頭に浮かぶでしょう。一般的には、肉体的・精神的な「苦痛」がまず浮かんでくるのではないでしょうか。怪我をして痛い、病気になって苦しい、嫌なことがあって悩み苦しむ。確かにこうした「苦痛」も「苦」の一端です。
 しかし、仏教でこの「苦」という言葉は「思い通りにならないこと」を指します。大事に貯めてきた財産を失ってしまう。ずっと健康でいられると思っていたのに病気になってしまう。大切な人が突然亡くなってしまう。自分がこうありたい(あってほしい)と思っていたものがその思い通りにならなかったとき、人は苦しみを感じるのだと仏教は説くのです。怒りなどもまた、相手が自分の思い通りにならなかったときに感じるものでしょう。
 では、私たちはこの苦しみにどう向き合っていけばよいのでしょうか。お釈迦様の言葉にそのヒントがあります。

人々は「我がものである」と執着したもののために悲しむ。所有したものは永遠なものではないからである。この世のものはただ変滅すべきものである。
『スッタニパータ』第八〇五偈

お釈迦様は、この世のすべてのものは常に移り変わっており、永遠だと思っているものもいつかは必ず失われていく、「無常」な存在だと示されました。そして人はその「無常」なるものに「これは私のものだ」と執着してしまうからこそ苦しむのだと説かれるのです。自分の周りにあるすべてのもの、また自分自身もいつかは必ず失われていくものですから、ずっと自分のものであることを願っても、それは叶うはずがありません。お釈迦様はまたこのようにも説かれています。

人々がいろいろと考えてみても、結果は意図とは異なったものとなる。壊れて消え去るのはこの通りである。世の成りゆくさまをみよ。
『スッタニパータ』第五八八偈

 どんなに試行錯誤してみても、生きている以上、苦しみ自体はなくなりません。怪我をすれば痛いし、失敗すれば悩む。嫌な相手にはイライラするし、人が亡くなれば悲しい。しかしながら、なぜ自分が苦しんでいるのかをよく観察することができれば、その苦しみにいつまでも振り回されるということはなくなります。
 人は思い通りにならないことを思い通りになると信じて止まないからこそ苦しむ。思い通りにならない世の中。思い通りにしようとしている自分。これらを知ることが苦しみを離れる一番の近道なのです。

法話の聞き方

平成28年3月

 今年の二月には初めての法話会を開きました。その冒頭にかなりの時間を使ってお話しさせていただいたことは、法話を聞く心構えについてです。お坊さんになってからは、よく「有り難いお話」を聞かせて下さいと頼まれることがあります。そこで私はこう答えます。「私はもちろん努力をしますが、聞いて下さるあなたの方に真剣に受け取ろうとする気持ちが無ければ、どんな話も毒にしかなりませんよ。」と。ただお寺に足を運んでいただくこと、これも有り難い仏縁です。さらに少し欲を出すならば、何かしら得るものがあって帰っていただきたい。そのような願いから、まずしっかりと法話の聞き方をお話しさせていただいた次第です。
 法話を聞くときに一番大切なことは、「素直な心で聞く」ことです。なんだそれ簡単じゃないか。そう思われる方も多いでしょう。ですが、これはとてつもなく難しいことです。人間、物心つく以前はまだ価値観が定まっておらず、執着が少ない。ですが、年を重ねれば重ねるほどに人間の考えは凝り固まり、そこから抜け出し難くなります。「自分はこれだけの経験を積んできたんだぞ」。そう思いたくなるのが自然でしょう。しかし、例えばそんなガチガチの心で法話会や世間の講演会などに参加したとしましょう。「お、これはその通りだな。ん?それは違うだろう。まだまだだな」などと、せっかくの話を自分の価値観の中でしか受け取らず、結局、自己満足以外には得るものなく帰るだけではないでしょうか。

愚かな人は仏の教えを学ぶとき、自分の考えに合致するものは良しとし、違うものは切り捨ててしまう。まったくその愚かさから抜け出せないのだ。

 道元禅師のお言葉(意訳)です。迷いを抜け出すために仏教を学ぼうというのに、必死にその迷いの方を抱えて手放せないでいる人が、なんとも多いのです。

教えを受け取るということは、ひとつの器に並々盛られた水を、もうひとつの全く同じ器に移すようなものだ。

 同じく道元禅師のお言葉です。ふたつの同じ器があったとして、その片方から水を移す場合、もう片方の器が空っぽであればすべての水を移すことができます。しかし、受け取る器にたくさんの水が残っていれば、すべての水を受け取れないばかりか、入り混じって濁ってしまうだけです。これでは教えを受け取ったことにはなりません。
 素直な心で聞くとは、自分の今までの考えを放り投げ、まっさらな気持ちで話の全てを受け取ろうとすることです。これはとても難しい。

仏様の説かれた教えを学ぼうと志す人は、まず心から仏様の教えを信じなさい。

 古いお経の一節です。ご一緒に仏様に手を合わせましょう。素直な心で聞く法話会は、そこから始まるのですから。

他は是れ吾にあらず

平成28年7月

 他人は私ではない。修行は他人任せではいけない。自分自身が精進していかなければならないという禅語です。
 曹洞宗の道元禅師は、日本での学びに限界を感じ、真実の教えを求めて中国にお渡りになりました。まだ二十四歳の頃の話です。そして、中国の景徳寺というお寺で出会った老典座(てんぞ:禅寺で食事を司る役割を担った僧侶)との出会いに大きな衝撃を受けられたと云われています。
 ある真夏の昼下がり。昼食を終えた道元禅師が廊下を歩いていると、ひとりの年老いた典座が外で椎茸を干しているところに出くわしました。炎天下、サンサンと強い日差しに焼かれ、背筋を弓のように曲げながら、その老典座は黙々と椎茸を干していました。道元禅師は心配になって老典座に声をかけます。

「見たところ随分ご高齢なあなたが、どうしてそのような重労働をされているのですか?どうして若い修行僧たちに任せてしまわないのですか?」。

すると老典座は答えました。

「他は是れ吾にあらず。」

 と。他人は自分ではない。他人に任せていては自分の修行にはならないではないか。それを聞いて道元禅師はさらに質問されます。

「なるほど、よく分かりました。ですが、それならばせめて日が落ちて涼しくなってから作業をされてはどうですか?」

 それに対して老典座は答えます。

「さらに何れの時をか待たん。」と。

 日の出ている今、椎茸を干さないでいつ干すと言うんだい?またいつか頑張ろうと思っていても、それができるとは限らない。今この時、できる限りを行っていくのだ。
 道元禅師はこの老典座とのやり取りに感銘を受け、後に『典座教訓』という著作の中でこの出来事を綴られています。

「お寺ではいつも何をしているんですか?」と問われれば、間違いなく「主に掃除です。」と答えます。特にこの時期は草むしりに追われます。お寺は広いですので人を雇った方が明らかに効率がいい。ですが、人を頼っていては、それは自分の修行にはならないのです。偉くなったら若い者に任せて自分はお茶でも飲みながら過ごそうか。ではいけない。自分の体が動く限り、どこまでも懸命に草むしりを続けなければならない。それが自身の修行なのです。
 会社でも家庭でも、雑務と言われる仕事は誰もやりたがりません。しかしながら、大事も小事も差別せず、今自分がやるべきことを懸命につとめていくことが、自身のためにも、一番大切なことではないでしょうか。トイレ掃除を日課にしている会社社長の話をよく耳にします。彼らの大事にしている心掛けに、私たちも学んでいきたいものです。

西來の意味

平成29年4月

 この寺報のタイトルにもなっております「西來(せいらい)」。西來山という安養寺の山号にも使われておりますので、今回はこの場を借りてその意味を書いてみたいと思います。(來=来)
 さて、そもそも西來山安養寺というお寺の名前の由来ですが、ホームページにも記載してありますのでそちらを引用すると・・・

安養寺は天平9年(西暦737年)聖武天皇の勅願により草創され、本尊阿弥陀如来は唐土天台山の霊木を行基菩薩が彫刻されたご尊像だと云われている。「一切衆生ことごとく皆成仏せしめ、極楽世界安養浄土へ導きたもう」とて、山号を西來山とし、寺号を安養寺とした。

 極楽は阿弥陀仏の浄土信仰の中で「西方極楽浄土」と呼ばれるため(西に来たらしむという意味でしょうか)西來山という山号。安養浄土から安養寺の寺号がきています。おそらく西方(さいほう)という読み方から、当初「さいらいさん」と呼ばれていたのではないかと思われます。
 現在の「せいらいさん」に変わったのは、西暦一三二二年に臨済宗が入ってきてからではないでしょうか。臨済宗や曹洞宗のような禅宗系統の宗派では、「西来」は「せいらい」と読み、禅宗の祖と云われる達磨大師(だるまだいし)が西のインドから来られて正統な仏教(禅)を中国に伝えられた故事を指します。修証義の一章の中に「祖師の西来あるべからず」とある西来も、この達磨大師のことを意味します。
「祖師西来意(そしせいらいい)」として、達磨大師が中国に来られた意義を問う禅問答は多いようですが、中でも「庭前の栢樹子(ていぜんのはくじゅし)」という問答が有名です。

僧有りて問う「如何なるか是、祖師西来意」。師云く「庭前の栢樹子」。僧曰く「和尚、境を以て人に示すこと莫れ」。師云く「吾、境を以て人に示さず」。僧云く「如何なるか是、祖師西来意」。師云く「庭前の栢樹子」。

この問答は達磨大師が禅の神髄を中国に伝えられた意味を問うことから、ひるがえって禅とは何か、覚りとは何かを尋ねたものと云われます。簡単な内容としては・・・

ある僧侶が問うた。「達磨大師がはるばる中国まで禅を伝えられた意味はなんだ?」答えて曰く「庭に生えている木みたいなもんだ。」「和尚、私は禅の神髄とは何か、覚りとは何かを問うているのに心の外のもので答えないでくれ」「私は心の外のもので答えていないが」「もう一度問うぞ。覚りとは何だ?」
「庭に生えた木みたいなもんだ。」

なんとも分からない内容ですね。詳細は省きますが、結論としては「禅の神髄とは、覚りとは、達磨大師がはるか遠くから持ち込まれた特別なものではなく、庭に生えている木のように、我々の足元にはじめから豊かにそなわっているものだ」というくらいの意味だと思います。
 横道にそれましたが、このように「西来」とは達磨大師が中国に仏教を伝えられたことを意味しています。達磨大師のように、たくさんのことを伝えていけるお寺になるといいですね。

人の悪口は言わない

平成30年7月


他人への悪口というのはどこにでも転がっています。面と向かって相手をまくし立てる方もいらっしゃれば、井戸端会議で周囲を巻き込みながら他人の噂話に興じる方もいらっしゃる。人への悪口というのは麻薬のように甘美で自分を満たしてくれるもの。ただ、果たしてそれは本当に満たされているものなのか、よくよく考えねばなりません。
 仏教の戒律の中には「不自讃毀他戒(ふじさんきたかい)」というものがあります。これは単純に、自分を褒め称えたり、人を傷つけるようなことを言ってはならないという意味です。戒律は人をがんじがらめに縛るものではなく、その決まりを守ることで自然と心が安楽になっていきますよという指針です。そういう意味では、自分を褒めたり人の悪口を言ったりする生活は、気づかない内に自分自身を苦しめているということになります。
 人はなぜ他者の悪口を言うのでしょうか。端的に言えば、それは自分の自尊心を守るためです。まず自分を褒め称えるという行為は、自分がこれだけ優れているのだということを口にし、それを相手に承認してもらうことで、安心したいということ。また人の悪口を言うという行為は、相手を現在地から貶めることで(相手を下げることで)、自分が上だと思いたいということです。これがとても気持ちのいいことだから益々止められない。その内、自慢を自慢とも、悪口を悪口とも気づかなくなり、長年の経験を経ることで息を吐くようにそれができるようになってしまう。
 ここで大事なのは、自慢や悪口によって自分を上だと見せてみても、本当のところ自分は少しも登っていないということです。本来自分が何も変わっていないことに蓋をし、ただ自分の言うことを他者に認めてもらって、盲目的に満足をしているだけなのです。
 満足したいというのは、裏を返せば自分自身の中に満たされていないという意識が潜在しているということ。人を傷つけるタイプの方、人と常に争っているような方は、実のところその心は常に不安に駆られていると言えます。その不安を満たすため、無意識的に人を貶めようとしてしまう。何度も言いますが自分を褒め、人の悪口を言うことはとても気持ちの良いこと。ただ、知っておかねばならないのは、そうした気持ち良さに浸る中で、不安で不安でしょうがない本当の自分に気づけなくなってしまうということです。一時的な気持ち良さと慢性的な不安のらせん階段を、一生登り続けなければならないということです。
 不自讃毀他戒を守るということは、今まで自慢悪口で満たしていたことができなくなるという点で、人によってはとても不安で苦しいことかもしれません。しかしながら、その不安や苦しみに出会うという局面なくして、人は向上していけないのです。
 仏教というのは常に実践です。「人の悪口は言わない」。最初は難しいかもしれませんが、このことだけでも心に決めて生きる人生は、きっと今までよりも安らかなものになるでしょう。

トイレの明王様

平成31年4月


 2010年、歌手の植村花菜さんが『トイレの神様』という曲を発表されました。

トイレには それはそれはキレイな 女神様がいるんやで
だから毎日 キレイにしたら 女神様みたいに べっぴんさんになれるんやで

 これは歌詞の一部ですが、植村さんがまだ幼かった頃、田舎の祖母から言われたことをもとに書かれた歌詞でした。トイレ掃除が苦手だった植村さんは、これを聞いてべっぴんさんになるために黙々とトイレ掃除に励んだそうです。

 大本山永平寺を始めとする曹洞宗の修行道場において、最も大切にされる修行のひとつは、このトイレ掃除です。特に修行に入ったばかりの雲水さんだと毎日のようにトイレ掃除をしますし、また、何か悪さをしてしまった際なども、決まってトイレ掃除をさせられます。これはいったいどういうことでしょうか。
 禅寺のトイレの入り口には、烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)という明王様がお祀りされています。この明王様は、古くはインドの炎の神で、仏教に取り入れられてからは「炎で一切の不浄を焼き尽くし、清浄と化す」明王様として、今でも篤く信仰されています。トイレは一般的な価値観で言えば不浄な場所ですが、その入り口に烏枢沙摩明王様をお祀りすることで、トイレそのものや、またトイレを使用する人の不浄をも清めようとしたのです。雲水さんたちが毎日トイレ掃除に励むのは、トイレの汚れを磨いていく中で、自身の中にある汚れ、煩悩をも磨いていこうという意味があったのです。

 また、烏枢沙摩明王は「浄と不浄の差別心を焼き尽くす」明王様としても語られます。

水は必ずしも浄らかなものではなく また不浄というわけでもない
この身も もともと浄らかなものではなく また不浄というわけでもない 
この世のありとあらゆるものもまた この通りである

 これは、道元禅師が歯磨きや大小便の仕方について示された『正法眼蔵 洗浄の巻』の一節です。浄らかであるとか不浄であるとかは、人の心が決めているに過ぎず、本来そのような価値基準はない。また、浄と不浄を差別している間は、いつまで経っても不浄との追いかけっこが止むことがない。そうではなく、浄と不浄を二つの別のものと捉えることを止め、ただひたすらにトイレ掃除に徹すること。掃除が身に備わり、浄や不浄に気づかぬほどに掃除に成り切れたとき、彼を仏と呼ぶのだ。と、道元禅師は示されます。
 烏枢沙摩明王様は、修行者たちのそんな差別心をも焼き尽くして下さる、大変有り難い明王様なのです。トイレの神様ならぬ、「トイレの明王様」に叱られないよう、いつもトイレは綺麗にしておきましょう。